?『?‘寄り添う’ ということ』

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キリシタンの時代に、宣教師たちは ‘愛’ を日本語に訳すときに『ご大切』と訳しました。男女間の愛(´ερως)等の別の種類の愛と区別するためです。

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~ 大切にする ~

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私はこれまで出会ってきた人たちをどこまで『大切に』できていただろうか?と振り返ってみました。

確かに、これまでも不登校児のフォロー、学習塾や学校で生徒を大切にすること、その他多くの人との関係の ‘かかわり’ において『寄り添う』ことはしてきたと思います。

けれど本当に ‘できて’ いたかというと、自分を誠実に見つめれば見つめるほど、そうではなかったことを認めざるを得なくなります。

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『他者受容は自己受容に比例する』と言った方がおられましたが、隣人(となりびと)を大切にする愛もまた、自己愛と比例するようです。

※ここで言う自己愛とは、自己中心的なそれではなく『健全な自己愛』です

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あの人といるとどうしても空気が悪くなる。
ニュートラル(中立)にまでは持っていけても、それ以上誠実にかかわれない。
どうしても赦せない …等々。

それらは ‘自己愛の欠如’ の結果と言えるようです。

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自分事でいっぱいいっぱいだと、隣人に対する愛も中途半端になります。

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『健全な自己愛』を育むためには、‘私’ が、大切にされていること、完全な愛で包まれていることを知り、体験する必要があります。

?クリスマスは、神様が ‘私’ を見捨てていない。それどころか、かかわり、‘寄り添って’ くださっていることを明らかにしてくださっている ‘しるし’ だということを、もう一度、いえ、何度でも、このアドベントの時におぼえたいものです。

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?『愛する者たち、互いに愛し合いましょう。
愛は神から出るもので、愛する者は皆、神から生まれ、神を知っているからです。
愛することのない者は神を知りません。
神は愛だからです。

神は、独り子を世にお遣わしになりました。
その方によって、わたしたちが生きるようになるためです。
ここに、神の愛がわたしたちの内に示されました。

わたしたちが神を愛したのではなく、神がわたしたちを愛して、わたしたちの罪を償ういけにえとして、御子をお遣わしになりました。
ここに愛があります。』?
(ヨハネの手紙一 4章7‭-‬10節)